20歳の大学生です。潰瘍性大腸炎(UC)と一緒にポジティブに毎日他の新鋭マス。趣味は筋トレ、サッカー観戦、読書、英語の勉強、散歩です。

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なぜ僕がこの病気を発症したか

UC

理由

私が潰瘍性大腸炎を患ってしまった理由はズバリストレスです。多くの人がそうだと思いますが、私は高校時代の時の部活動のストレスでこの病気になってしまいました。もし興味のある方は下記に経緯を書きますのでご覧ください😀

経緯

当時バレーボール部に所属していました。高校二年生の秋にキャプテン兼部長に任命されて部活動を行っていきました。私の当時の性格は一言で言うと臆病でした。部員に不満を抱いてもそれを伝えることができず、人にうまく頼ることも、部員をまとめるのも全くできませんでした。では、なぜそんな僕がキャプテンになったかと言うと、僕しかその役が務まらなかったからです。笑   同級生は僕を含め七人いたのですが、正直に言うと性格に難ありの子もいれば初心者もいる、すぐふざけるような子もいました。そういう同級生たちが集まり、その中では一番真面目であった僕がキャプテンになったのです。

それからの日々は本当に楽しくなく、辛かったという方が正解でしょう。当時身長が169cmであるにもかかわらずスパイカーをやっていて、僕が器用であったらまだしもとても不器用だったのでなかなかうまくいきませんでした。加えて、自分のプレーがうまくいってないのにもかかわらず部長の仕事なども僕がこなさなければいけませんでした。周りの部員との人間関係はうまくいっていましたが、なにしろ僕が人に頼る事が苦手で任された仕事は大体一人で抱え込んで勝手に責任を感じて自分を追い詰めていました。こういう日々が続いていきました。最終的にスパイカーとして使えなさすぎてリベロ(レシーブ専門)のポジションになりましたが。笑

この病気の決め手となったのは関東大会前の大事な合宿前に足首の捻挫をしてしまったことです。ただ空き時間に真面目に部員と練習していたら、不運にもボールの上に乗ってしまいそのまま、松葉杖なしでは歩けないくらいの怪我でした。事情を知らない顧問には遊びで怪我をしたと思われ、酷く怒られました。もうほぼ見捨てられたような感じでした。結果的には名医の方に見てもらい電気治療を行って復帰はできたのですが、大事な試合前に怪我、キャプテンの仕事は上手くこなせない、プレーが上手くいってない。様々な要因が重なり関東大会中のホテルのトイレで下痢しかでないことが分かりました。それが高校三年生の5月のはなしです。

大会が終わり一段落ついたあとも便はずっと下痢のまま。おかしいと思い病院に受診したところ「過敏性腸症候群」と診断されしばらく過敏性腸症候群の薬を服用し続けていました。

11月になって最後の大会である春高予選。県ベスト4がかかった試合の前日私は鬼のように緊張していました。その日の夜は1時間おきに便意が来てほぼ寝られませんでした。翌日は最後三年間の集大成を見せましたが結果は負けてしまいしました。とても悔しかったのを覚えています。でも、すごく達成感も感じました。しかしその日が過敏性腸症候群から潰瘍性大腸炎に変わってしまった日だったのかもしれません。

その日から初めての大腸検査(高校三年生の3月)までの日々は地獄でした。2時間に一回、酷いときは1時間に一回のペースでトイレに行き、休み時間は絶対にトイレに行かなければならないほどでした。その期間はまだ過敏性腸症候群の薬を服用していましたが一向に良くなる気配がなかったのです。あまりにおかしかったので3月大腸検査を受けました。そこで私の潰瘍性大腸炎(UC)という病気が発覚しました。

まとめ

話が長くなってしまい申し訳ございません🙇

これが私が潰瘍性大腸炎になった経緯です。「あのときちゃんとみんなに仕事を任せられたらな」「怪我さえしなければ」「キャプテンなんてならなきゃ良かった」など思うことは沢山ありました。

だけど結局は全てたらればの話で今はしょうがないと割り切っています。それも含めて自分です。今はそのときの反省を生かして辛くなる前にやめる人に頼るを心がけています。そして、私の周りの人にも同じ事を言うようにしています。「失ってからじゃ遅いよ。ストレスになる前にやめてね」

私と同じ病気を持っている方は私と同じように人に頼るのが苦手だったり、メンタルが弱かったり、もしくは責任感が強すぎて自分で抱え込みすぎてしまっている方だったりするのでしょうか。どっちにしろ私たちはこの病気を上手く付き合っていかなければいけません。私も現在自分に会う薬探し旅の途中です。その道のりは非常に長いですがともに乗り越えましょう👍

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